シンギュラリティは来るのか?


2015年、44歳になってしまいました。
今日は、誕生日ということで、ちょっとだけ、未来について語ってみようと思います。

2025年、人間の知能をコンピューターが超えるそうな。
はて?
どういう意味かしら?

コンピューターは、とうの昔から人より正確に、高速に計算できていました。
グーグルは、圧倒的な知識量を誇っていて、人では太刀打ちできません。

将棋で人間に勝つ?
もうコンピューターには、ほぼプロしか 勝つことができません。

コンピューターが人間を超えているという議論については今更感があります。
一方で、コンピューターに認知能力が身につくのか?と言われると現実感がありません。

認知ということについて、人類はそれほど理解していません。
ディープラーニングが流行って、なんかゴールに近づいたように錯覚してますが、人の認知能力は、そんなに単純ではありません。
仮にムーアの法則通り半導体の集積度がこれまで通りに上がっていったところでその延長上に、認知するコンピューターはないと思います。

とはいえ、人が事象を認知して概念をコンピューターに入力すると、たちどころに答えを出してくれる、というのは、想像できる世界観です。
そういった意味では、何を認知すべきか?どのようなアウトプットをすべきか?というのをコンピューターに指示するのが人間のすべき仕事ということになるかと思います。

僕は、この「人間の脳を少しだけサポートしてあげる」あたりがコンピューターの限界ではないかな、と考えています。
とはいえ、これはすごいインパクトだとは思います。

いわゆるIQが高いということに価値がなくなります。

どれだけ足が速くてもビジネス上では意味がないのと同様に、単純にIQが高いというだけでは、だからどうした?という感じになってしまいます。
僕らの仕事、システム開発なら、何を作るか?を考え概念をまとめるまでが仕事。あとは概念をコンピューターに入力すれば一瞬にして自動的にシステムが出来上がる。
というストーリーは見えそうです。

そうなってくると大半のプログラマは仕事がなくなってしまいます。
一部、プログラミングの概念をコンピューターに入力する仕事、今の仕事にたとえるならコンパイラを作る人だけが残りそうです。

というわけで、単純なIQ頼みの仕事は少なくなってくると思います。
メタ思考的な認知にはそれなりのIQは必要でしょうが、それほど大人数ではないでしょう。

今の学者の数ほどいれば十分じゃないかと思います。

それより、何をなすべきかを考えられる人が求められるようになると思います。
これは、最適解を求めるようなものではないです。最適解を求めるのはコンピューターの仕事。

そうではなくて、志とかそういったものを持っている人、だと思います。
僕は、志というのは、世の中を俯瞰的に認知する能力を持っているからこそ現れるものだと思います。

これはコンピューターには難しいでしょう。
なので、2025年に備えて人間力を磨かないとなーと思う今日この頃なのでした。

なんてことを書いてたらこんな記事がメールで届きました。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/watcher/14/334361/072100326/?mle

とか書いてたら、誕生日、すぎちゃった。

#読みづらい部分を一部推敲しました。


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